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広島地方裁判所 昭和61年(ワ)468号 判決

主文

一  甲事件被告曹城鐘は、同事件原告奥陽子に対し、金一〇四四万〇七一〇円及び内金八六九万〇七一〇円に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件被告曹城鐘は同事件原告奥優子、同奥雅弘及び同奥貴弘に対し、各金二八九万六九〇三円及び右各金員に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告らの同事件被告蒋炳壽に対する各請求をいずれも棄却する。

四  乙事件原告らの同事件被告日動火災海上保険株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、甲事件原告らと同事件被告曹城鐘との間に生じたものは同事件被告曹城鐘の負担とし、甲、乙各事件原告らと甲事件被告蒋炳壽及び乙事件被告日動火災海上保険株式会社との間に生じたものは甲、乙各事件原告らの負担とする。

六  この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 被告曹城鐘(以下「被告曹」という。)及び同蒋炳壽(以下「被告蒋」という。)は、各自、原告奥陽子に対し、一〇四四万〇七一〇円及びうち八六九万〇七一〇円に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、各自、原告奥優子、同奥雅弘及び同奥貴弘に対し、各二八九万六九〇三円及び右各金員に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告曹

被告曹は、本件口頭弁論期日に出頭するも、答弁書その他の準備書面を提出しない。

2 被告蒋

(一) 主文第三項と同旨

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告奥陽子に対し、一五〇三万七六二九円及びうち一二五三万七六二九円に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告会社は、原告奥優子、同奥雅弘及び同奥貴弘に対し、各四一七万九二一〇円及び右各金員に対する昭和六一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告会社の負担とする。

4 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第四項と同旨

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

昭和六一年一月二六日午前六時三〇分頃、広島県安芸郡坂町六八三三番地浅上航運先国道三一号線(以下「本件道路」という。)上において、被告曹は、普通乗用自動車(広島五七ら二一〇四号。以下「加害車」という。)を運転して時速約一〇〇キロメートルで海田方面から呉方面に向けて走行中、横断歩道を横断中の奥弘美(以下「弘美」という。)に加害車を衝突させ、頭蓋骨折、脳挫傷の傷害を負わせ、右傷害により同人を即死させた。

2 責任原因

(一) 被告曹について

被告曹は、制限速度時速四〇キロメートルの本件道路を時速約一〇〇キロメートルの速度で、かつ、前方を十分注視しないで走行した過失により、本件事故を発生させた。

(二) 被告蒋について

(1) 運行供用者責任

被告蒋は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(2) 一般不法行為責任

被告蒋は、被告曹の事実上の扶養義務者として、昭和五九年一一月二二日被告曹の父曹煕生が死亡した直後、被告曹を被告蒋宅に引きとって監護養育してきたものであり、そのため、被告曹は、加害車およびその鍵の保管場所を知っていた。

被告曹は、本件事故の一か月位前に被告蒋宅を家出したが、他に定住すべき場所はなく、着替えや身の回りのものはすべて被告蒋宅に残していた。したがって、被告蒋は、被告曹が不意に被告蒋宅に帰宅することを十分に予期することができたものというべきであるから、被告曹が加害車の鍵を持ち出して加害車を運転するかもしれないことを予期して、加害車の鍵の保管につき十分に注意すべきであったにもかかわらず、被告蒋は、加害車の鍵を従来の保管場所に放置し、被告蒋宅の店舗部分「金剛亭」の正面入口に向かって左側の窓を開錠したままにしていたのであるから、加害車の保管について過失がある。

その結果、被告曹が、被告蒋宅に侵入して加害車の鍵を窃取したうえ、加害車を窃取して運転中、本件事故を発生させた。

3 損害と原告らの相続

(一) 弘美の損害

(1) 逸失利益 二一五〇万二九七一円

(イ) 算定

弘美は、本件事故当時四二歳で、高岡産業株式会社に勤務し、昭和六〇年一年間に二九五万九三九六円の収入を得ていたところ、同人の就労可能年数は死亡時から一五年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、中間利息控除による現価換算をライプニッツ方式に従い、同人の死亡による逸失利益を算定すると、二一五〇万二九七一円となる。

(ロ) 算式

2,959,396×10.38×0.7=21,502,971

(2) 慰謝料 二〇〇〇万円

(二) 原告らの相続

原告奥陽子(以下「原告陽子」という。)は、弘美の妻であり、原告奥優子(以下「原告優子」という。)、同奥雅弘(以下「原告雅弘」という。)及び同奥貴弘(以下「原告貴弘」という。)は、それぞれ弘美と原告陽子との間の子である。

原告らは、弘美の死亡により、同人の損害賠償請求権を法定相続分に従って相続取得した。

(三) 原告らの損害(葬儀費用)

九〇万円

原告らは、弘美の葬儀費用として合計九〇万円を法定相続分に応じて支払った。

4 損害の填補

原告らは、自賠責保険から二五〇二万一五五〇円の支払を受け、右保険金は、法定相続分に応じて原告らの損害賠償請求権に充当された。

したがって、原告らの損害賠償請求権は、原告陽子のそれは八六九万〇七一〇円、その余の原告らのそれは各二八九万六九〇三円となる。

5 原告陽子の損害(弁護士費用)

一七五万円

原告陽子は、原告ら訴訟代理人に対し、本訴提起の着手金及び成功報酬として一七五万円を支払うことを約した。

6 よって、被告らは、各自、不法行為に基づく損害賠償として、原告陽子に対し、一〇四四万〇七一〇円及び弁護士費用を除いたうち八六九万〇七一〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六一年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告優子、同雅弘及び同貴弘に対し、各二八九万六九〇三円及び右各金員に対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らは、被告らに対し、右各義務を履行することを求める。

二  請求原因に対する認否

1 被告曹

被告曹は、本件口頭弁論期日に出頭するも、答弁書その他の準備書面を提出せず、請求原因事実を明らかに争わない。

2 被告蒋

(一)請求原因1の事実のうち、被告曹が昭和六一年一月二六日早朝被告蒋所有の加害車を運転中、弘美を死亡させたことは認め、本件事故の態様は知らない。

(二) 同2(二)(1)の事実中、被告蒋が加害車を所有していることは認め、その余の事実は否認する。被告曹が、被告蒋所有の加害車を深夜窃取して運転中に本件事故を発生させたものであり、被告蒋には責任がない。同2(二)(2)の事実は争う。

(三) 同3(一)(1)の事実中、弘美が本件事故当時四二歳で高岡産業株式会社に勤務していたことは知らず、その余は争い、同3(一)(2)は争う。同3(二)の事実は知らない。同3(三)は争う。

(四) 同4の損害の填補の事実は認める。

(五) 同5の事実は知らない。

(乙事件について)

一  請求原因

1 保険契約の締結

被告会社は、昭和六〇年三月二六日、被告蒋との間で、次の約定による自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

しかし、近時、モータリゼーションの深化と交通事故の社会問題化の中で、自動車保険における「被保険者」の意義は著しく小さくなり、反面、「自動車」そのものが保険の目的化してきている。端的にいうならば、当該自動車運転により事故が発生した場合は、運転者が被保険者であろうとなかろうと、保険金が支給される状況になってきている。「被保険自動車」という概念自身がそれを物語っている。

自動車事故の一億総保険化と保険金による全損害填補の慣習化のもとで、右保険約款一条の「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担する」場合も、いわゆる任意保険の被害者保護的性格からして、自賠法三条ないし民法上の不法行為の成立要件をより緩和して解釈することが社会的にも妥当であり、かつ、公平の観念にも合致する。

したがって、自賠法三条ないし不法行為の要件を充足するかどうか疑問がある場合でも、右保険約款一条の解釈としては、保険会社に損害填補の責任の生ずる場合があるというべきである。

(二) 被告蒋は、被告曹の事実上の扶養義務者として、昭和五九年一一月二二日被告曹の父親の死亡直後同被告を引き取り、監護養育してきたものであり、被告曹は、同居中に加害車及びその鍵の保管場所を知っていたものである。被告曹は、本件事故の一か月位前に被告蒋宅を飛び出したけれども、同被告には、他に定住すべき場所はなく、着替えや身の回りのものはすべて被告蒋宅に残していたのであるから、被告蒋は、被告曹が被告蒋宅に不意に帰宅することを充分に予期しえたにもかかわらず、加害車の鍵を従来の保管場所に放置し、同被告経営の店の正面左側の窓を開錠していた。

右のような事実関係のもとでは、被告蒋は、本件事故につき自賠法三条の責任及び自動車管理上の過失による民法七〇九条の責任を負う。

仮にそうでないとしても、被告会社の法的責任は、前述のとおり、より緩和された要件の下においても認められるべきであるから、被告会社は、前記保険約款一条の責任を負うべきである。

(三) 本件保険契約の特約ただし書の「盗難」の解釈としては、被保険自動車が「盗難」にあった時の事故のすべてについて被告会社の責任が生ずると解釈すべきであり、また、それが約款の文言から客観的になしうる唯一の解釈であるから、被保険者の損害賠償責任の有無にかかわらず、「盗難」の場合には全て被告会社に保険金支払義務が生ずるというべきである。

本件事故当時、被告曹は、被保険自動車(加害車)を窃取して運転中に本件事故を発生させたのであるから、被告会社には、右事故による被保険者の損害を填補すべき義務がある。

(四) したがって、被告蒋は、被告会社に対し、本件保険契約に基づいて、保険金請求権を有する。

3 本件事故による損害等

(一) 損害

(1) 逸失利益 二九一九万六八〇九円

(イ) 算定

弘美の就労可能年数を二五年と訂正するほかは甲事件請求原因3(一)(1)(イ)のとおりである。

(ロ) 算式

2,959,396×14.094×0.7=29,196,809

(2) 弘美の慰謝料、原告らの相続、原告らの損害(葬儀費用)は、甲事件請求原因3(一)(2)、同3(二)、同3(三)のとおりである。

(3) 原告らは、自賠責保険から二五〇二万一五五〇円の支払を受け、右保険金は、法定相続分に応じて原告らの損害賠償請求権に充当された。

(4) 原告陽子の損害(弁護士費用)

二五〇万円

原告陽子は、原告ら訴訟代理人に対し、本訴提起の着手金及び成功報酬として二五〇万円を支払うことを約した。

(二) したがって、原告陽子は、被告蒋に対して、一五〇三万七六二九円及び弁護士費用を除いたうち一二五三万七六二九円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六一年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告優子、同雅弘及び同貴弘は、被告蒋に対して、各四一七万九二一〇円及び右各金員に対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の損害賠償請求権を有する。

4 原告らの代位

被告蒋は、右保険金請求権のほかに見るべき資産を有しない。

5 よって、原告らは、被告蒋に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を保全するため、被告蒋に代位して、被告会社に対し、本件保険契約に基づく保険金を右3(二)の各損害賠償請求権の限度で支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の冒頭の事実のうちの本件事故が発生したこと(ただし、事故の態様のうち被告曹が加害車を時速約一〇〇キロメートルで運転していた点は否認する。事実は時速約九〇キロメートルである。)本件事故当時、被告曹は二六歳未満であったことは認め、甲事件請求原因2(二)(1)のうち被告蒋が加害車を所有していることは認め、その余の事実は否認し、同(2)(二)(2)の事実は否認する。

請求原因2(一)のうち、本件保険約款一条には、「保険会社は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することによって、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補」する旨の規定があることは認め、その余は否認し、同(二)ないし(四)はいずれも争う。

被告会社は、本件事故につき保険金支払義務を負わない。

すなわち、本件保険契約約款には前記のとおりの規定があるところ、右規定のとおり、被告会社は、被保険者たる被告蒋が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補するものである。

被告曹は、昭和六一年一月二六日午前零時ころ、被告蒋宅に小窓から侵入した。右小窓は高く、しかも傍らの木が邪魔になり侵入は難しいものである。そして、被告曹は、被告蒋宅の炊事場の棚にかけてあった加害車の鍵を持ち出したうえ、駐車場に駐車してあった加害車の施錠されていたドアを開けて加害車に乗り込み加害車を運転した。

被告曹は、加害車を被告蒋に返還する考えはなく、また、被告蒋が加害車を貸してくれないことも知っていた。被告蒋も、加害車を被告曹に貸す考えはなかった。

被告曹は、加害車を運転して広島市街地等をドライブした後、昭和六一年一月二六日午前六時三〇分頃本件事故を起こした。

右のように、本件事故は、被告曹が被告蒋宅の小窓から侵入したうえ保管中の加害車の鍵を窃取した後に起こした事故であり、加害車に対する被告蒋の運行支配、運行利益は全くなく、被告蒋には、運行供用者責任はない。

また、被告蒋は、加害車の鍵を室内に保管し、加害車についても施錠したうえ駐車場に保管していたものであるから管理上の過失もなく、被告曹の加害車の運行につき、被告蒋が客観的に容認していたこともない。

3 同3(一)(1)の逸失利益、同3(一)(2)の弘美の慰謝料の額は争う。同3(一)(2)の原告らの相続の事実は知らない。同3(一)(2)の原告らの損害(葬儀費用)の額は争う。同3(一)(3)の損害の填補は認める。同3(一)(4)の弁護士費用は争う。同3(二)は争う。

三  抗弁(過失相殺)

弘美は、対面信号が赤色の燈火であるにもかかわらず、それを無視して自転車に搭乗して横断歩道上を横断した過失がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠 〈省略〉

理由

一  甲事件被告曹について

被告曹は、請求原因事実すべて(ただし、弘美の慰謝料額は除く。)を明らかに争わないから、これを自白したのもとみなされる。弘美の慰謝料額について検討するのに、右自白したものとみなされる事実に基づき、本件事故の態様、弘美の死亡という結果、その当時の年齢、親族関係その他諸般の事情を考え合わせると、弘美の慰謝料額は二〇〇〇万円とするのが相当であると認められる。また、原告らが支払った葬儀費用九〇万円、原告陽子が支払を約した弁護士費用一七五万円は、いずれも本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認められる。

したがって、原告らの被告曹に対する各請求は、すべて理由がある。

二  甲事件被告蒋について

1  請求原因1の事実(本件事故の発生)のうち、被告曹が昭和六一年一月二六日早朝被告蒋所有の加害車を運転中、弘美を死亡させたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、本件事故の態様について原告主張の事実(ただし、被告曹運転の加害車の速度は時速約九〇キロメートルである。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  同2(二)(1)(被告蒋の運行供有者責任)について検討するのに、被告蒋が加害車を所有していることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告曹は、被告蒋の再婚した妻季善女の子曹煕生の子であり、被告蒋とは法律上の身分関係を有しないところ、昭和五九年一一月二二日父曹煕生が死亡したので、被告蒋宅に引き取られ、約一か月間は同被告宅で生活したけれども、その後は友人宅等に頻繁に外泊するようになり、同被告宅で寝泊りすることが少なくなっていたが、本件事故の約一か月前の昭和六〇年一二月、被告曹は、被告蒋から出て行くように言われて同被告宅を出て、その後本件事故日まで友人宅等で生活し、被告蒋宅には全く寄りつかなかった。

(二)  本件事故日の前日である昭和六一年一月二五日午後一〇時頃、被告曹は、おばである蒋英子から自動車を借りて友人の呉鐘秀を同乗させて運転していたが、被告蒋所有の加害車を運転しようと考え、同月二六日午前零時三〇分頃、被告蒋宅に赴いた。

被告蒋の自宅と同被告が経営する焼肉店「金剛亭」とは同一建物であるところ、右建物の電灯は消灯され、家人は寝静まっており、右建物玄関は施錠されていたけれども、玄関に向かって左側の、地面から約一・〇六メートルの高さにある小窓は、たまたま鍵がかけられていなかったので、被告曹は、右小窓から被告蒋宅に侵入した。

被告曹は、以前から加害車の鍵の保管場所を知っており、右店舗奥の厨房内の棚にかけてあった加害車の鍵を盗み出した。

(三)  加害車は、被告蒋宅の向かいの駐車場に、ドアを施錠して駐車してあった。被告曹は、盗み出した鍵で加害車のドアを開錠して、加害車の運転を始め、右呉鐘秀を同乗させて広島市内をドライブしたあと呉市に向けて進行中、本件事故を発生させた。

(四)  被告曹は、以前一度も加害車を運転したことはなく、今回が初めての運転であった。被告曹は、被告蒋に対し、加害車を貸してほしいと申し入れても貸してくれないことを知っていたし、また、被告蒋としても、被告曹に対し加害車を貸与するつもりはなかった。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告曹は、深夜、家出した被告蒋宅に侵入して、加害車の鍵を盗み出したものであり、他方、被告蒋は、自宅兼店舗の奥の厨房に鍵を保管し、ドアを施錠したうえ加害車を駐車場に駐車しており、加害車の所有者として鍵及び加害車の保管について注意を欠いたものとは考えられず、しかも、被告曹は、かつて加害車を運転したことはなく、被告蒋において被告曹による加害車の運転を容認していると認められる事情がないことが認められるから、このような経緯での被告曹による加害車の運転については、被告蒋は、初めから運行支配及び運行利益とも有しないものと認められる。

したがって、本件事故当時、被告蒋は、加害車を同被告のため運行の用に供していたものということができないから、本件事故につき自賠法三条の責任を負わないものというべきである。

3  同2(二)(2)(被告蒋の保管上の過失)について検討するのに、前記認定事実のとおり、被告蒋は、自宅兼店舗の奥の厨房に加害車の鍵を保管し、ドアを施錠したうえ加害車を駐車場に駐車しており、所有者として保管上の注意義務を尽くしているというべきであり、昭和六〇年一二月以降、家出して被告蒋宅に寄りつかなくなった被告曹が、深夜、被告蒋宅に侵入して加害車の鍵を盗み出し、加害車を運転するであろうことまで予想して、保管場所を変更する等の措置を講ずべき義務があるということができず、被告蒋宅の戸締りについても、本件事故当日、たまたま店舗玄関に向かって左側の小窓の鍵が施錠されていなかったからといって、かかる事実のみで、被告蒋において、加害車の所有者として鍵の保管について負うべき注意義務を欠いているとまでは認めることはできず、他に被告蒋において加害車の保管につき過失があるものと認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告蒋には、加害車の保管上の過失があるとはいうことができないから、本件事故について民法七〇九条の責任を負わないものというべきである。

4  よって、その余について検討するまでもなく、原告らの被告蒋に対する各請求は理由がない。

三  乙事件について

1  請求原因1(保険契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実のうち、本件事故が発生した(ただし、事故の態様のうち、被告曹が加害車を運転していた速度は、時速約一〇〇キロメートルではなく、時速約九〇キロメートルである。)こと、本件事故当時、被告曹が二六歳未満であったこと及び被告蒋が加害車を所有していることは、当事者間に争いがない。

そこで、被告会社が本件事故につき保険金支払義務を負うべきか否かについて検討するのに、本件保険約款一条には、「保険会社は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することによって、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補」する旨の規定があることは、当事者間に争いがない。そうすると、被告会社は、加害車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することによって、被告蒋が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補するものと解するのが相当であり、原告らが主張するように、自賠法三条ないし不法行為の要件を充足するかどうか疑問のある場合でも、右各要件を緩和して解釈すべきであり、右約款の解釈として被告会社に損害填補の責任が生ずる場合があると解するのは相当ではない。したがって、原告らの右解釈を前提とする請求原因2(一)、(二)の各請求は、その余について検討するまでもなくいずれも失当である。

被告蒋の加害車の保管状況や被告曹が加害車を運転するに至った経緯は、前記認定のとおりであり、被告蒋に本件事故につき自賠法三条の責任がないこと及び加害車の管理上の過失による民法七〇九条の責任がないことも、前記説示のとおりである。したがって、被告会社には、本件事故につき保険金支払義務はないものというべきであるから、請求原因2(二)の各請求は失当である。

また、原告らは、本件保険契約の特約ただし書の「盗難」の解釈としては、被保険自動車が「盗難」にあった時の事故のすべてについて被告会社の責任が生ずると解すべきであると主張するが、二六歳未満不担保特約がある場合は、二六歳未満の者が被保険自動車を運転している間に生じた事故については、保険契約の特約として保険会社は保険金の支払義務を負わないけれども、「盗難」車による人身事故の場合には、「盗難」の様態等から被保険者である保有者に責任が認められる場合もあることから、かような被保険者である保有者に責任が及ぶ場合には、二六歳未満不担保特約のただし書が適用され、保険金が支払われることになるものと解するのが相当である。換言すれば、「盗難」中の事故の場合にすべて保険金が支払われるものではなく、保険会社は、被保険者の被る損害を填補するものであるから、被保険者が責任を負わない場合、すなわち無責の場合には、保険会社は保険金支払義務を負わないものと解するのが相当である。したがって、この点に関する原告らの主張は、採用することができず、原告らの請求原因2(三)の各請求は失当である。

3  よって、その余について検討するまでもなく、原告らの被告会社に対する各請求は理由がない。

四  結論

よって、原告らの被告曹に対する各請求は理由があるからこれらを認容し、原告らの被告蒋及び被告会社に対する各請求は理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎 宏)

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